鼠径部ヘルニアの治療方針
※ 記事中イラスト:サイト監修の蛭川浩史先生より提供
鼠径部ヘルニアの治療方針
鼠径部ヘルニアの発症は、子供の場合は、生まれつき、鼠径部から腹膜が袋状に飛び出して残っていることが原因となり、大人では、鼠径部に、常に腹圧がかかることで、鼠径部の弱い部分が広がってしまうことが原因となります。
小児の場合は、体が大きくなることで、自然に治る症例もあるようですが、大人では一度広がってしまった部位は、元には戻りません。
脱腸帯や、ヘルニアバンドなどで、飛び出した部分を押さえることで、痛みや腹部膨満などの症状を和らげることはできるかもしれませんが、根本的な治療法にはなりません。自然に治ることも、薬で治療する方法もありません。
ヘルニアは、現代の医学においても、外科手術のみが唯一の治療方法なのです。
経過観察(様子を見る)について
鼠径部の膨隆だけで、痛みや違和感などがない方の場合、手術を希望されない方もいます。この場合は、慎重な経過観察(Watchful Waiting)を行います。
要は、手術をしないで、様子を見ましょう、ということです。
以前より、鼠径部ヘルニアでは、腸がはまって戻らなくなると、腸が腐ってしまい、命の危険があるから、診断されたらすぐ手術をした方がいい、と考えられてきました。
最近では、男性の場合ですが、痛みや違和感などの症状がない場合は、経過観察をしてもいいと考えられています。
欧米では、手術を行った群と、手術を行わず経過観察した群の、長期経過を調査した、いくつかの研究論文があります。
これらをまとめると、年余にわたる経過観察をすると、2年間でほぼ1/4の方が、ヘルニアの痛みや膨らみが大きくなったために手術を受けましたが、腸がはまって緊急手術となったのは、0.3%と極めて低い確率でした※1。
また、これらの症例の術後の経過は良好で、命の危険は全くありませんでした。さらに、10年の経過観察では、約70%の方が痛みや膨らみが大きくなったため手術となりましたが、嵌頓による緊急手術は1000人中1.8人と極めて低い確率でした。
これらの事から、膨らみ以外の痛みなどの症状のない方の場合は、安全に経過観察できると考えられています。
つまり、痛くなってから、あるいは徐々に大きくなってきたなと思ったら手術を決めればいい、ともいえます。忙しくて手術を決められなくても、様子を見て、仕事の合間をみて手術を考えても大丈夫、ということでもあります。
しかし、痛みや膨らみが悪くなって手術をしなければならなくなる可能性はとても高い、ともいえます。放置して、子供の頭くらいまで膨れ上がってから病院に来られる方がいますが、あまり、巨大なヘルニアにならないうちに、手術をした方が良いでしょう。
一方で、女性では、鼠径部ヘルニアではなく、大腿ヘルニアが多く見られます。これは、嵌頓ヘルニアになりやすいので、あまり経過観察は行わず、手術をした方がよいと考えられています。
※1 Fitzgibbons RJ et al. Watchful waiting vs repair of inguinal hernia in minimally symptomatic men: a randomized clinical trial. JAMA 295: 285-292, 2006
McBee PJ et al. The current status of watchful waiting for inguinal hernia management: a review of clinical evidence. Mini-invasive Surg 5: 18
DOI: 10.20517/2574-1225.2021.08
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