あなたは知っていますか?足の付け根が膨らむ病気「鼠径ヘルニア」
「足の付け根が膨らんだり、押すと膨らみが引っ込んだりする」「足の付け根の膨らみが、立っている時にはわかりやすく、寝た状態だとわかりにくい」…。この症状から、どのような病気を思い浮かべますか?
この症状に当てはまるのが「鼠径ヘルニア」です。本来ならお腹にあるはずの腹膜や腸の一部が、筋膜が弱まってできた筋肉の隙間から皮膚の下に出てくる病気で、「脱腸」という俗称でも知られています。
アンケート調査では鼠径ヘルニアの認知度は低い結果に
2022年9月に実施された一般向けの鼠径ヘルニアのアンケート調査※1,4によると、冒頭で紹介した症状から鼠径ヘルニアを知っていた人は全体の14%にとどまりました(図1)。
また「鼠径ヘルニアまたは脱腸という言葉を聞いたことがある」と答えた人が78%もいることから、鼠径ヘルニアの病名と症状が一致していないことがわかりました(図2)。
さらに、脱腸しか知らない人も約40%いて、「鼠径ヘルニア」と「脱腸」を別の病気と考えていることも読み取れます。
図1
図2
今回は、アンケート調査から判明した鼠径ヘルニアの認知度の現状や症状を理解しておく重要性などについて、東邦大学医療センター大森病院の島田長人先生と佐々木陽典先生に、外科と内科のそれぞれの立場からお話を伺いました。
東邦大学医療センター大森病院総合診療・急病センター(内科)講師
佐々木陽典 先生
診断時に初めて鼠径ヘルニアを聞いた患者さんも
-「鼠径ヘルニア」を知っている人は少ないのでしょうか。
島田:「足の付け根が膨らむ」という症状だけから「鼠径ヘルニア」という病名を連想できる方は少ないと思います。恐らくご本人やご家族などの身近な方が鼠径ヘルニアを経験しているなどのバックグラウンドがないと病気のイメージは湧きにくいですね。
鼠径ヘルニアという病名そのものに関しても、もちろん色々と調べてから来院される患者さんもいらっしゃいますが、鼠径ヘルニアと伝えてもピンと来ない方も当然いらっしゃいます。
個人的には、「脱腸」と説明すると患者さんの8割程度は耳にしたことがあり、残りの2割は「脱腸ですか?聞いたことがないな」という感覚ですね。アンケート調査の結果は、臨床の現場とほぼ同様の印象です。
佐々木:一般の方が鼠径ヘルニアという病名に耳慣れているかというと、心筋梗塞やがんなどのように日ごろからメディアに登場する言葉ではないため、あまり知られていないと思います。
感覚としては、「鼠径ヘルニアという病気です」と話して理解される人は3分の1程度です。
アンケート調査の結果の通り、「俗に脱腸というやつです」と補足説明すると、わかる人がいたり、脱腸と説明しても「どういう病気ですか。初めて聞きました」という人も、もちろんいます。
症状の理解が受診のきっかけに
-実際の受診の状況はいかがでしょうか。
島田:鼠径ヘルニアの手術件数は外科手術の中で最も多いのですが(日本では年間約15万件)、アメリカ(年間約80万件)と比較すると、病気の発生率はおそらく大きく変わらないはずなのに、はるかに少ないです。
患者さんは痛みがあれば病院を受診しますが、痛みがなく違和感程度で日常生活に支障がなければ受診を控える、など患者さんが潜伏しやすい傾向にあると思います。
驚くほど大きな膨らみがある患者さんに対して、なぜそんなに大きくなるまで病院に来なかったのか尋ねたことがありますが、本人は「痛くなかったから」と。
一方で、ほんの少しの軽い膨らみでも気になって病院を受診される患者さんもいらっしゃいますので、患者さんの認識や考え方、持っている情報量で捉え方は様々だと感じます。
また、鼠径ヘルニアは症状が現れる場所が足の付け根ですので、診察時はどうしても陰部を露出することになります。そうすると「恥ずかしいから行きたくない」という気持ちが働いてしまうこともあるでしょう。
佐々木:私の経験では、「足の付け根が膨らむ」ことを理由に内科を受診される方は本当に少ないです。別の病気で何度か受診されている方や、こちらから「他に気になることはありますか」と尋ねたときに相談されるケースがほとんどです。恐らく、実際には症状があっても、恥ずかしかったり、忘れていたりして、医療者に対して伝えてもらえていないのだと思います。
足の付け根の膨らみは、ズボンを下ろさないと気づかない場所にあります。お腹を診察する場合には、ズボンを太腿もしくは膝ぐらいまで下ろすことが理想的ですが、日々の忙しい外来では腰までしか下げないことも多く、膨らみを見落としがちです。
また、お腹を診るときには患者さんに横になってもらうことが多いので、仰向けに寝ることで、立っている時には出っぱっていた膨らみが引っ込んでしまい、病気の存在に気づけません。
このように、鼠径ヘルニアは、実は、疑っていないと発見するのが難しい病気です。
島田:足の付け根が膨らむ病気は、鼠径ヘルニア以外にリンパ節の腫れなどがありますが、立つと膨らんで横になると膨らみが消える病気は、鼠径ヘルニアの可能性が極めて高いです。
特徴的な症状なので自分の目や感覚で気付ける点はメリットと言えます。お風呂に入るときに鼠径部を触るなどセルフチェックすると良いでしょう。もし膨らんでいたら、病院を受診してみてください。
気になる症状があればまずはかかりつけの施設か病院へ
-相談や受診はどうしたらよいのですか。
島田:鼠径ヘルニアは外科領域の病気ですが、初診で外科を受診するのは、ハードルがはかなり高いと思いますし、大学病院のような大きな施設の外科であればなおさらです。鼠径部の膨らみがあって気になる場合は、外科にこだわらずに、まずかかりつけ医の先生に相談してみることをお勧めします。
佐々木:どの診療科の医師も鼠径ヘルニアを知らないことはないと思います。どの科に行くというよりかは、まずはためらわずに相談してほしいです。相談してもらえたら、私の場合は、嵌頓*のリスクを説明し、今後の安心のためにも一度外科で診てもらうように案内しています。
島田:患者さんに鼠径ヘルニアの説明をする際には、膨らんだままだと嵌頓という時限爆弾を抱えている状態でいつかトラブルを起こす可能性があること、治療としては手術が必要であることを伝えます。
ただ、全員の患者さんに手術が必要になるとは限らず、症状や膨らみの所見、患者さんの全身状態などを考慮して、手術をしないで経過観察とする場合もあります。
鼠径ヘルニアの嵌頓は、年間0.3~3%の発生※5と言われていますが、この数字を高いととるか低いととるかは患者さんによって異なるため、経過観察を希望される方ももちろんいます。「病院に行ったらすぐに手術と言われるのでは」と不安な方がいれば、必ずしもそうでないことは認識していただき、まずは担当医と良く相談して頂くことが大切です。
鼠径ヘルニアに関する一般認知度アンケート調査
(一部抜粋)
下記のような症状の病気を知っていますか?
回答者:50,000人
症状
足の付け根(下腹部)が膨らんだり、押すと膨らみが引っ込んだりする。膨らみは立っている時にわかりやすく、寝た状態だとわかりにくい。
※1鼠径ヘルニア 一般認知度調査(調査1)
問数:2問
実施日時:2022年9月9~10日
実施手法:インターネット調査
調査機関:GMOリサーチ株式会社
実施地域:全国
調査対象:40歳から69歳までの男女(医療従事者を除く)
サンプル数:50,000(男性:33,490人・女性;16,510人)
下記のような症状の病気について、まずどのようなイメージが浮かびましたか。
回答者:1,500人
症状
足の付け根(下腹部)が膨らんだり、押すと膨らみが引っ込んだりする。膨らみは立っている時にわかりやすく、寝た状態だとわかりにくい。
その症状の病気をどのように知りましたか。
回答者:1,500人
※3 身近な人にいる、またはいた(自分の家族や知人など)
その症状が自分にあると気付いたら病院に行きますか、行きましたか。
回答者:1,500人
その症状で病院に行くとしたら、まず何科にかかりますか。または、病院に行ったことがある方はまず何科に行きましたか。
回答者:1,500人
前問にて「行かない、または、行かなかった」、「様子を見る、または、様子を見た」を選択した方にお聞きします。そのように回答した理由を教えてください。
回答者:1,500人
※4鼠径ヘルニア一般認知度調査(調査2)
問数:6問
実施日時:2022年9月9~10日
実施手法:インターネット調査
調査機関:GMOリサーチ株式会社
実施地域:全国
調査対象:鼠径ヘルニアの症状を知っている40歳から69歳までの男女(医療従事者を除く)
サンプル数:1,500(男性:938人・女性;562人)
※5稲葉毅(2017).第Ⅰ部 成人のヘルニア A 鼠径部ヘルニア 第3章 鼠径部ヘルニア(鼠径・大腿ヘルニア)手術 1.手術適応.早川哲史ほか(編) ヘルニアの外科.南江堂,pp.60-63.