鼠径部ヘルニアの術後合併症

監修:立川綜合病院 外科 蛭川浩史 先生

術後合併症

合併症を支える医師

手術では、常に合併症を起こす危険を伴います。

手術を決めた外来から、入院、麻酔・手術、術後回復、退院・社会復帰までの、手術前後を含めた一連の期間のことを、周術期といいます。これらの、手術に関する期間の合併症を、周術期合併症といいます。

多くの施設で、周術期合併症を減らすために、外科医のみならず、様々の科の先生方や、薬剤師・歯科医・臨床工学技士・理学療法士・管理栄養士・看護師など、他職種のスタッフが関与し、チーム医療を行っています。

周術期合併症、特に術中、術後の合併症には、経過観察で改善するものから、再手術をしなければならないもの、後遺症が残る可能性のあるものまで、様々です。

1990年から2019年までに日本内視鏡外科学会のアンケート調査で登録された436,559例の鼠径部ヘルニア修復術症例のうち、報告された合併症例は6939例(1.6%)でした※1

報告された合併症は、出血、神経損傷、腸管損傷、膀胱損傷、不定愁訴、イレウス、漿液腫(しょうえきしゅ)、血腫、メッシュ感染、呼吸器合併症、その他となっています。

術後合併症は、手術に一般的に見られる合併症、麻酔による合併症、鼠径部ヘルニア修復術に特徴的な合併症、鼠径部ヘルニア修復術の各々の術式に特徴的な合併症に分けて考えることができます。

手術に一般的に見られる合併症として、出血、創感染、心血管系合併症、呼吸器合併症、消化器合併症、代謝性合併症、精神不穏など、手術というストレスが各々の臓器へ及ぼす影響により様々な合併症が考えられます。麻酔に伴う合併症もまた、様々です。

ここでは、鼠径部ヘルニア修復術に特徴的な合併症について、述べます。

代表的なものは、

  1. 出血、血腫
  2. 漿液腫
  3. 感染
  4. 消化管損傷・穿孔
  5. 腸閉塞
  6. 膀胱損傷
  7. 急性疼痛・慢性疼痛
  8. 再発

などです。それぞれについて、概説します。

※1 日本内視鏡外科学会 内視鏡外科手術に関するアンケート調査 - 第15回集計結果報告 -

1. 出血、血腫

鼠径部切開法で体表から手術する場合でも、腹腔鏡手術で腹腔内や腹膜外から行う場合ででも、鼠径部には重要な血管が集まっているところがあり、手術の際、これらの血管周囲を操作することがあります。

不用意な操作で、手術中に出血を来す場合もありますが、術後に出血を起こすこともあります。

鼠径部ヘルニアという比較的小さな範囲の手術ではありますが、ショックを来すほどの出血を起こす場合があり、注意が必要です。

気づかれずに出血し、出血した血液が塊状になったものを血腫といいます。

ずっと出血が続いていて、止まりそうにない場合は、再手術を行うことがあります。出血がすでに、止まっていると判断された場合は、厳重に経過観察を行います。

最近では、抗血栓療薬を内服している患者さんの手術も増えました。

従来は、術後の出血性合併症の発生を予防するため、手術に際しては、抗血栓薬を一定期間休薬してきました。最近では、休薬による血栓形成のリスクの方が重要と考えられるようになり、内服を継続したまま、手術を行うことも多くなりました。

「循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン」では、鼠径部ヘルニア手術は体表部の比較的容易な手術とされ、冠動脈疾患や不整脈、弁膜症、深部静脈血栓症などの重篤な合併疾患を持つ患者さんの場合は、抗血栓薬は継続したまま、手術を行うことが推奨されています※2

複数の抗血栓薬を内服している場合は、1種類のみ続けて他は休薬することもあります。

出血のリスクを鑑み、抗血栓薬を休薬しても、再開した途端出血する場合があり、再開の時期の判断も重要です。

ヨーロッパヘルニア学会のガイドラインによれば、鼠径部切開法後の血腫の頻度は5.6~16%。腹腔鏡下手術での血腫の頻度は4.2~13.1%と、腹腔鏡下手術の方が血腫の頻度は少ないとされています※3

※2 循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsth/21/4/21_4_365/_pdf/-char/ja

※3 R. Bittner R et al. Guidelines for laparoscopic (TAPP) and endoscopic (TEP) treatment of inguinal Hernia [International Endohernia Society (IEHS). Surg Endosc 25: 2773–2843, 2011
DOI 10.1007/s00464-011-1799-6

2. 漿液腫

漿液腫(漿液貯留)というのは、鼠径部ヘルニアの手術で剥がした部位、切った部位から出るリンパ液がたまったものです。

ヘルニアの手術を行っても、ヘルニアが出ていた部分にはスペースが残っているので、このスペースに漿液がたまることがあります。

とくに、元のヘルニアが大きい方の場合、元のヘルニアと同じような大きさの漿液腫ができることがあるため、ヘルニアが再発したと心配される患者さんもいます。

手術中に漿液腫を予防する方法を行うこともありますが、完全に有効な方法はありません。大体、手術翌日から2週間程度で、漿液腫が発症します。

多くの場合は、痛みはなく、自然に消失するので、放置していても大丈夫です。

消失するまでは、数週間から数ヶ月かかる場合があります。邪魔で、不快な場合は、針を刺して漿液を抜きます。

メッシュを使用した鼠径部ヘルニア修復術後の場合は、針を刺すときに細菌感染を起こさないように十分に注意する必要があります。細菌感染がメッシュに及んでしまうと、もっと大変なことになるからです。

3. 感染

胃や大腸の手術は、術中に消化管を切りますので、手術部位が、細菌にさらされる可能性があります。このような手術は、準無菌手術とされています。

これに対し、鼠径部ヘルニア手術は、無菌状態で行われる手術で、感染率は極めて低いとされています。

しかしながら、メッシュという異物を使用する手術なので、いったん感染が起こってしまうと治療が大変です。感染を起こさないよう、工夫が必要です。

鼠径部切開法での修復術は、下腹部の陰毛の近くを切開する手術なので、鼠径部切開法術後の感染の多くは、皮膚や毛などから細菌感染すると考えられています。

これに対し、腹腔鏡手術では、傷が小さく、傷が下腹部から離れており、手術で皮膚にはほとんど触らないこと、などから、感染のリスクは鼠径部切開法より、さらに低いとされています。

腹腔鏡手術で感染が起こるとすれば、メッシュを固定する時に使用する固定具が、皮膚近くまで差し込まれて感染する可能性が考えられます。いったん、感染が起こってしまった場合は、傷を切開して膿を排出する操作が必要です。

メッシュに感染が及んでしまった場合も、切開、排膿が基本ですが、最終的にはメッシュを取り除く手術が必要になる場合があります。

4. 消化管損傷・穿孔

周術期合併症として、消化管穿孔を起こすとすれば、鼠径部ヘルニアが嵌頓して、腸が戻らなくなった場合が考えられます。

腹腔鏡手術においては、ポートを挿入する場合に消化管穿孔を起こす危険があります。

腹腔内の腸の癒着を剥離する時、ヘルニアへの腸管の嵌入を整復する時などに消化管を損傷する可能性があります。

頻度は少ないですが、不用意な鉗子の出し入れの操作により、気づかれないうちに消化管損傷を来しており、術後にわかるということもあります。

鼠径部切開法では、消化管損傷を起こす可能性は低いと考えられますが、消化管がヘルニアの一部となっている、スライディングタイプという特殊なヘルニアでは、消化管損傷を起こす可能性があります。

いずれの場合も、消化管損傷を来し、腸液がこぼれてしまった時は、メッシュは使用できません。メッシュを使用しない術式とするか、いったん手術を中止し二期的に再手術を行う、などの対応が必要です。

鼠径部から腹膜外腔に特殊な形状のメッシュを留置する術式で、挿入されたメッシュが腹腔内に突出し、消化管と瘻孔をつくったという症例が報告されています。

挿入されたメッシュが、消化管や膀胱などに迷入した症例の報告も見られます。特殊な形状のメッシュでの報告がほとんどで、一般的には、極めて稀な合併症です。

5. 腸閉塞

鼠径部ヘルニア修復術で腹膜外腔にメッシュを留置すると、メッシュの周りに起こる炎症反応が腹腔内に及び、腹膜を介して、メッシュが入っている部分に腸が癒着する可能性があります。

これは、鼠径部切開法でも腹腔鏡手術でも起こりえます。この癒着は腸閉塞の原因になります。この癒着は腸閉塞の原因になります。

腹腔鏡手術、特にTAPP法では、腹膜を縫合閉鎖します。腹膜の縫合がうまくいかず小さな穴があいてしまった場合、ここに腸がはまり込んで腸閉塞を起こす可能性があります。

TEP法では、腹膜を切開しないので、縫合閉鎖はしません。従って、このタイプの腸閉塞の可能性は少ないと考えられています。

6. 膀胱損傷

鼠径部は膀胱と近いので、鼠径部切開法でも、腹腔鏡手術でも、膀胱の前の空間を剥離することがあり、このような手術操作で、膀胱損傷する危険があります。

特に、膀胱がヘルニア内容として飛び出している場合があり、注意が必要です。

膀胱損傷を起こした場合、あるいは膀胱の損傷が疑わしい場合は、尿道カテーテルを術後一定期間留置します。

7. 急性疼痛・慢性疼痛

急性疼痛

手術後の傷の痛みは、鼠径部切開法より腹腔鏡手術の方が少ないとする報告や、変わらないとする報告もあります。

腹腔鏡による修復術後に、痛み止めを全く使用しませんでした、という患者さんもいます。

術後、全く疼痛がない、ということはほとんどありません。それでも痛み止めの内服で十分に痛みを取ることができます。

術後、急性期の痛みを十分に取る事は、慢性的に痛みが続くのを予防する効果が期待できると考えられています。

慢性疼痛

慢性疼痛というのは、術後半年(6ヶ月)過ぎても、手術した鼠径部やその周りの大腿、陰部に、痛み、違和感などが見られる場合を指します。いったん良くなった痛みが、再度出現する事もあります※4

違和感程度のものから、ピリピリ、ビリビリした痛み、歩けないほどの疼痛など、程度は様々です。

ヨーロッパのガイドラインでは、日常生活が制限を受けるほどの疼痛を、慢性疼痛とする、と定義しています※5

日常生活が制限される、という表現は、不快な違和感により、快適な生活を送れない場合から、痛みで歩けない、仕事ができないなどの重症なものまで、含むと考えられます。

これは、鼠径部ヘルニア修復術後の大きな問題です。鼠径部ヘルニア修復術にメッシュを使用する事、つまり不用意なメッシュの挿入、固定が、慢性疼痛の大きな原因となります。

メッシュを使用した鼠径部ヘルニア修復術後、15~53%に見られると報告されていますが、痛みの程度の評価が難しく、頻度にはばらつきが大きいのも事実です。

痛みで歩けないとか、仕事ができない、などの重症の患者さんは、約10%に見られると報告されています。原因は、メッシュによる圧迫が主な原因となる非神経性の痛みと、メッシュ周囲の炎症や手術操作により神経が巻き込まれることで痛みが出現している神経性のものとがあります。どちらの痛みも、ほとんどの場合、痛み止めの内服や時には安定剤などの内服で良くなってきます。

痛み止めの内服では、効果が不十分な場合、神経ブロックを行う事があります。これも効果的で、痛みがなくなる患者さんもいます。

これらの方法でも、全く良くならない場合は、痛みの原因に応じた手術治療が必要となる事があります。

手術では、非神経性の痛みと診断された場合は、メッシュを取り除く手術をする事で、原因となっている圧迫を解除でき、痛みはよくなります。

神経性の痛みと診断された場合は、鼠径部周囲に分布している感覚神経をすべて切離する術式が効果的とされています。

メッシュによって、神経が巻き込まれている場合がほとんどなので、神経はメッシュよりさらに中枢側(体の中心部に近い部分)で切離する必要があります。

この場合は、切離された神経の支配領域の感覚は鈍くなるか、消失します。

※4 Aasvang E, Kehlet H (2005) Chronic postoperative pain: the case of inguinal herniorrhaphy. Br J Anaesth 95(1):69–76.
https://doi.org/10.1093/bja/aei019

※5 HerniaSurge Group. International guidelines for groin hernia management. Hernia 22: 1-165, 2018

8. 再発

残念ながら、再発は、0%ではありません。

内視鏡外科学会のアンケート調査結果によれば、鼠径部切開法後の再発率は1~9%、TAPP法は1%、TEP法は2%と報告されています。鼠径部切開法の9%は信じられないほど高率で、あまり参考にはならない数値かもしれません※6

その他の文献では、鼠径部切開法、腹腔鏡下鼠径部ヘルニア修復術とも、再発率は1%前後としているものがほとんどです。

片側の手術後に、反対側に発症するのは、子供の場合に問題となります。多くの報告がありますが、ほぼ、10%前後と報告されています※7

成人の場合の、反対側もヘルニアになる確率は、あまり報告されておらず、正確な数値は不明です。

しかしながら、肥満やいきみ、咳などが、ヘルニアになるリスク因子と考えると、成人では、片側を手術した方は、他の方より反対側のヘルニアになりやすいのではないかと思います。

※6 日本内視鏡外科学会 内視鏡外科手術に関するアンケート調査 - 第15回集計結果報告 -

※7 Nakashima M, et al. Laparoscopic versus open repair for inguinal hernia in children: A retrospective cohort study. Surg Today, 49: 1044-1050, 2019.
Muensterer OJ, et al. Contralateral processus closure to prevent metachronous inguinal hernia: A systematic review. Int J Surg, 68: 11-19, 2019.
Zenitani M, et al. Safety and efficacy of laparoscopic percutaneous extraperitoneal closure for inguinal hernia in infants younger than 6 months: A comparison with conventional open repair. Asian J Endosc Surg, 12: 439-445, 2019.

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